STORY

「この本がなかったら、私はこの世界に入っていないんじゃないかな」中園ミホさんが絶賛する和田 誠の映画愛が溢れる1冊

ホテルで1冊

旅先やホテル滞在中に読みたい書籍を、さまざまな方の視点から紹介する連載。
Vol.8 選書:中園 ミホさん(脚本家)

 大ヒットドラマ『ドクターⅩ~外科医・大門未知子~』や連続テレビ小説『花子とアン』など、多くのヒットドラマを生み出してきた脚本家・中園ミホさん。昨年、2度目の執筆となったNHK連続テレビ小説『あんぱん』は、戦争を経験し“逆転しない正義”を探し続けた夫婦の物語で、若い層を中心に支持を得て配信ではNHKの歴代ドラマで1位を記録した。今回は、高視聴率ドラマを生み出すヒットメーカーの脚本家にホテルで読みたい1冊を伺った。

24歳の時に出会ったエッセイは、私の映画のバイブル。

 旅に出る時、必ず本は持って行きます。でも、小説はダメなんです。私は高校生ぐらいから小説は1ページ開くと寝食を忘れて最後まで読んでしまうんです。若い頃にグループで旅行に行った時も夜通し読んじゃって、翌朝の集合時間に寝ていて行けないみたいな失敗をいっぱいしたことがあるので、エッセイとか図鑑みたいなものを持って行くことにしています。

和田 誠の著書『お楽しみはこれからだ』のタイトルは、1946年に公開されたアメリカ映画『ジョルスン物語』の中の台詞で、オリジナルは「You Ain't Heard Nothin' Yet!」。自身をあくまで「映画ファン」と称していた和田氏だが、そのきっかけは中学時代に観たこの映画だったかもしれない。
イラスト/塩川いづみ

 「ホテルで1冊」に選んだのは、和田 誠さんの『お楽しみはこれからだ』(文藝春秋刊)。和田さんが映画雑誌の『キネマ旬報』に連載していたものをまとめた本で、和田さんが映画の名セリフを抜き出して、それを軸に映画についての文章を書き、出演している俳優さんたちの似顔絵も描いています。これなら旅先で好きなところを拾い読みできるからいいんですよね。ただ一緒に行った友だちが「面白いね、ちょっと貸して」って持って行っちゃって返って来ないのが困ったところなんですけど(笑)。

 この本はシリーズで7巻出ていて、奇跡的に第1巻は残っていたけれど、なくなったものも多くて…。4年前に愛蔵版がオリジナルのまま復刊されたので(国書刊行会刊)、行方不明の4巻ぐらいを買い直してやっと全巻揃ったんです。私は脚本家になる前からこのシリーズを読んでいて、和田さんは私の映画の先生なんです。第1巻の初版が1975年で、私はその1年後に買っているから、初めて読んだのは24歳ですね。

 この本で取り上げられている映画は観ていないものもいっぱいあったんです。昔は映画のビデオやDVDもなくて簡単には観られなかったから、テレビで放送されるのを待ったり、映画情報誌で調べてどこかの名画座でやっているとわかると観に行って「あ~、このセリフ!和田さんの本に書いてあった!!」と大興奮したりして、映画のバイブルとして読んでいました。観てない映画でも、和田さんが選んだ一言のセリフで「何て素敵なキャラクターなんだろう」とか「何て恐ろしいギャングなの」とわかるんです。和田さんのイラストは素晴らしいと定評があるけれど、俳優さんたちの似顔絵はすごくシンプルな線なのに誰だかわかる。本の中で書かれている挿絵もとっても好きです。私はローレン・バコールという女優さんが大好きなんですけど、和田さんの似顔絵はほうれい線をまったく描かないのに頰のこけた感じとかちょっと生意気でお洒落な感じが出ていて絶妙です。

著者のフィルターを通して別のぬくもりが詰まっている

 この本がなかったら、私はこの世界に入っていないんじゃないかと思うぐらいです。和田さんは芸術的なヨーロッパ映画より、楽しくて朗らかで洒落たアメリカ映画がお好きで、私は脚本家の中でもかなりそちらの娯楽寄りだと思うんですけど、それもこの本の影響を強く受けているんじゃないかと思います。このシリーズで読んだ素敵なセリフが体に入っているから、「あ、こういう言い回しをするとキャラクターがすごくチャーミングに見えるんだな」とかは和田さんから教わった感じがします。

 ビデオもDVDもない、ネットで検索もできない時代から記憶だけでこれを書いているところもすごいです。記憶は間違っていることもあるかもしれないけれど、和田さんは「この連載はセリフの再録を目的としているわけではなく、セリフをきっかけとして映画ファンの思いを書いているので、辞典を作るような方法では気持ちが伝わらないような気がするのだ」とお書きになっています。

 まさにそう。和田さんのフィルターを通して時間をかけて別の温もりみたいなものが入っている、思い込みも含めて。その熱量が心地いい気がします。たとえば『カサブランカ』で和田さんは有名になった最後のセリフ、「ルイ、これが友情の始まりだな」を取り上げています。私は若い時にラブストーリーとして観たから「そんなこと言ってたっけ?」って感じだったんですけど、この年になって観直すとこのセリフが沁みます。繰り返し読んでいる本って、受け取り方が変わる自分の変化も面白いですね、成長しているんだか老化しているんだかわからないですけど(笑)。

 和田さんは映画の字幕翻訳家にすごく敬意を表していて、テレビの吹き替えだと変な端折り方をしたり、わかりやすく味付けしちゃったりするのを批判しているんです。それだって、テレビの吹き替え版を一生懸命見てないと気がつかないですよね(笑)。そういうところも含めてこだわりがすごくカッコいい。奥さまの平野 レミさんも登場しています。レミさんが全然映画を見なくて、「これ、面白いから観て」と勧めてやっと観てくれたら、自分も気がつかないことを指摘してくれて、それが的を射ていたとかいう夫婦愛のエピソードも出てきます。和田さんってすごく幸せな人生だっただろうな、こんなにいっぱい好きなものがあって豊かだなと思います。

 いまだに観ていない映画は多いですけど、今はDVDとか配信で昔の映画が観られるので、ずっと気になっていた作品を観たり、改めて本を読み直したりしています。脚本家になってからも何度も開いている本です。

 この本をホテルで読んでいると、すごくホテルのバーに行きたくなるんですよ。ホテルのバーのシーンとかそこでの名セリフがたくさん出てくるから。『カサブランカ』みたいに「いつかこういうセリフで口説かれたいな。そんなことが起こるんじゃないかな」と思って行くんですけど、全然そんなことは起こらず人生は過ぎて行きます(笑)。

 旅行も非日常だけど、映画もそうでしょう? その絶妙の指南書です。枕が変わってホテルで夜中に目が覚めちゃったりしても、この本があるとすごくホッとするので鞄に忍ばせます。

愛蔵版『お楽しみはこれからだ』和田 誠(国書刊行会刊)

イラストレーター・グラフィックデザイナーとして活躍し、さらにエッセイスト・映画監督・作曲家など多彩な顔をもつ和田 誠(1936–2019)の代表作。記憶に残る「映画の名セリフ」をイラストレーションとともに紹介する本シリーズは、『キネマ旬報』で1973年から23年の間、断続的に連載され、全7巻の単行本にまとまり長年映画ファンに愛されてきた。愛蔵版では、オリジナルのまま再現した本体を函に入れた特別仕様で復刊。各巻に書き下ろしエッセイを掲載した栞付き。

(C)須田卓馬

中園 ミホ(なかぞの・みほ)

1959年、東京都中野区で生まれる。日大芸術学部を卒業後、広告会社勤務などを経て1988年に脚本家デビュー。テレビドラマ『やまとなでしこ』『ハケンの品格』『ドクターⅩ~外科医・大門未知子~』やNHK連続テレビ小説『花子とアン』『あんぱん』などを手がけ、放送文化基金賞や向田邦子賞などを受賞多数。

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