10歳の時から文通していた、やなせたかしさんのことを書けて幸せ。
リーガロイヤルのお客様
脚本家 中園 ミホさん
ヒット作を連発している脚本家、中園 ミホさん。朝ドラ『あんぱん』に隠されたやなせたかしさんとの交流、ファンだという橋田 壽賀子さんの影響。不思議と繋がるご縁を明かしてくださった。
ライブラリーホテルって魅力的。友だちと本の話で盛り上がりそう
中園 ミホさんに「リーガロイヤルのお客様」に登場していただくのは14年ぶり2度目。今回は2024年にリーガロイヤルホテルズに加盟した芝パークホテルにお越しいただいた。
ここはライブラリーホテルとして銀座 蔦屋書店のディレクションで館内に2千冊以上の本を備え、宿泊客は自由に読むことができる。
「リニューアルしてから初めて来たのでビックリしちゃった。老舗ホテルのイメージだったのが完全にお洒落に生まれ変わっちゃって。ライブラリーホテルっていうのも魅力的ですよね。友だちとそれぞれ本を選んだら、その話でまた盛り上がりそうで」
芝パークホテルでもう1つ人気なのがミシュランガイドの公式ウェブサイトでも紹介された、レストラン「ザ ダイニング」の“至福のアフタヌーンティー”だ。中國料理 北京、ブラッスリー プリムラ、江戸料理 花山椒のスイーツに、好みのお茶とカップが選べる。
「これをいただきながらインタビューを受けていいんですか!?嬉しい!私、お腹空いてるんです(笑)」
私が一番辛い時期をやなせさんが救ってくださった
この14年間でミホさんはさらに大きく飛躍した。『Doctor-X 外科医・大門未知子』シリーズ、NHKの朝ドラ『花子とアン』、大河ドラマ『西郷どん』と次々ヒットを飛ばし、昨年はやなせたかしさんご夫婦をモデルにした朝ドラ『あんぱん』が大きな話題に。朝ドラのオファーを受けてやなせさんを書きたいと提案し、NHKスタッフと話し合った後に、朝ドラらしく女性ヒロインで奥様の暢さんを主役にした。
ミホさんはやなせさんと深い繋がりがあったという。
「小学生の頃から文通していたんです。10歳の時、父が亡くなって私がしょんぼりしていたら、母がやなせさんの『愛する歌』という詩集の第2集を買ってきてくれて、開くと1つ目の詩が『たったひとりで生まれてきて たったひとりで死んでいく 人間なんてさみしいね 人間なんておかしいね 』だったんです。すごくさみしい詩なのだけれど私は逆に救われて、その気持ちをやなせさんへの手紙に書いたんです。そうしたら、すぐにお返事をくださって、そこから文通が始まって。『うちに遊びにいらっしゃい』と書いてきてくださって、私はおうちのドアの前まで行ったけど勇気が出なくてピンポン押せずに帰ってきたこともありました」
『あんぱん』にもミホさんがモデルの少女が登場する。
「朝ドラの中では厚かましくおうちに上がり込んで、やなせさんに悪態ついていますけど(笑)、私はあんな勇敢な子じゃなかったんで。そうしたら、やなせさんがいずみたくさんとの音楽会に招いてくださったり、新しい本が出たら送ってくださったり。優しい方だったから母子家庭の経済状態を気遣ってくださったのでしょうね」
文通は14歳ぐらいまで続いた。
「思春期の時に抱えていた自分の気持ちを、やなせさんにぶつけすぎて恥ずかしくなっちゃって、私が手紙を書かなくなって途絶えたんです。ところが、19歳の時に代々木の駅前でバッタリお会いして。やなせさんは大人になった私を見てびっくりしてらっしゃいました。そのまま出版パーティに誘われてご一緒して。でも、『もっとここにいたいけれど、母がもう治らない病気で家で寝てるので』とおいとましようと思ったら、やなせさんはすぐ母に電話をかけて励ましてくださったんです。やなせさんには父が死んだ時と母が病気の時、私にとって一番辛い時期を2回も救っていただいた。ご縁とかいう言葉じゃ追いつかないようなものを感じていました」
だから、やなせさんを書きたいと何回かテレビ局に企画を出したが通らなかった。それが『あんぱん』で実現したのだ。
「そういうご縁があった方の話を書けるのは幸せなことだなと思います。やなせたかしさんを描くということは戦争を描くことなので、戦後80年のタイミングで実現したのは何かに導かれたような気がします。何かやなせさんのメッセージがあるんじゃないかな」
橋田先生の少女時代を参考にした『あんぱん』で橋田賞を受賞
そして、『あんぱん』で4回目の橋田賞を受賞した。これにも不思議な縁がある。
「ヒロインの暢さんに関してはほとんど資料が残ってなかったので、暢さんと同じ世代の橋田 壽賀子先生のエッセイとかを改めて全部読み返したんです。同じ大正生まれの女性はどんな少女期を過ごしていたんだろうと思って。真面目で聡明な普通の女の子が軍国少女になっていくところとかが先生の言葉で書かれていたので、すごく参考にさせてもらいました。だから、今回の受賞は特別、身の引き締まる思いです」
ミホさんには何かを呼び寄せる力があるような気がする。
「やなせさんのことも橋田先生のことも急に着地点が来るんだなと思いました。大きな力が働いているような気がしますね。でも、私が自分から書きたいと言ったのは、初めて企画を出した『ハケンの品格』と、大叔父の捕虜体験を書いた『あの日、僕らの命はトイレットペーパーよりも軽かった~カウラ捕虜収容所からの大脱走~』と、やなせさんの『あんぱん』の3つくらいなんです。今は、これから書きたい企画がもう3つぐらいありますけど」
アイデアはどこから湧いて来るのだろうか。
「私はすごい取材魔で、取材しているとまた書きたいものが出て来ちゃうんですよ。医療と恋を描いた『はつ恋』を書くために大学病院に取材に行っていたら、未だに教授を先頭に回診する大名行列をやっていて。面白いなあ、今度はこっち側を書いてやろうと思ったのが『Doctor-X』になったり……」
医療系では『ザ・トラベルナース』もシリーズ化されている。
「実はうちは母方が医者の家系で。父が亡くなった時、私も医者になれと言われたぐらい。それで医療系に縁があるのかもしれません」
ネタは尽きない。次回作は?
「2026年10月から放送予定の『アナログナース~デジタルってなんなんだよ!?~』(テレビ朝日)という作品です。デジタル音痴の悲喜劇を書きたいなと。私も友人たちも、すごく苦労しているから(笑)」
精力的に仕事を続けるミホさんの体力源は水泳。
「これも橋田先生のお陰なんです。私は体力がなくて、連続ドラマも一人じゃ書ききれなくて手伝ってもらうことも度々だったんです。そんな時にテレビで橋田先生がバーッと泳いでいるのを見たんですよ。それで『体力をつけるのは水泳だ!』と通い始めて、もう約20年週2回ぐらい泳いでいます。これだけは私も自分で偉いと思う(笑)」
一時はバタフライが泳げるようになるのが目標だったが……。
「今、一番得意なのはバタフライです!でも、私よりふた回りぐらい年上の女性がバタフライで私を追い抜いて行くから、まだまだ頑張ろうと思います」
バタフライ・パワーで次回作も期待できそうだ。
聞き手/柴口 育子
写真/中西 ゆき乃
撮影場所/芝パークホテル
中園 ミホ
1959年、東京都で生まれる。日大芸術学部を卒業後、広告会社勤務などを経て1988年に脚本家デビュー。2007年『ハケンの品格』、2014年『Doctor-X 外科医・大門未知子』、2025年『あんぱん』で橋田賞。2012年『はつ恋』『Doctor-X』で向田邦子賞、同年に文化庁長官特別表彰など受賞歴多数。
芝パークホテル
TEL 03-3433-4141
東京都港区芝公園1-5-10



