PEOPLE

国際的アーティスト、サラ・モリスの目に映る大阪とは。

リーガロイヤルのお客様
アーティスト サラ・モリスさん

 ニューヨーク在住のアーティスト、サラ・モリスさんは、図式的なグリッドを用いた幾何学的な抽象絵画で知られており、国際的に高い評価を受けている。今回、大阪中之島美術館において日本初となる大規模個展「サラ・モリス 取引権限」が開催され、絵画や壁画、映像など、多様な作品が100点近く公開されている。この展覧会に賭けるサラ・モリスさんの思いを伺った。

ピンクのクレヨンの色から始まる『サクラ』という作品

『スノーデン』 (2026年 大阪中之島美術館にて制作)の前に立つサラ・モリス。『サクラ』の制作で日本に滞在しているときに、作家の川上未映子の『乳と卵』を読んでとても感銘を受けたそうで、「いつか彼女に会いたい」と話す。

 サラ・モリスさんは2018年に来日し、2019年に映像作品の『サクラ』を制作した。この作品は都市が持つカラーをテーマにした映像作品シリーズの一つで、これまでにも北京、アブダビ、パリ、ロサンゼルス、シカゴ、リオデジャネイロなどの都市の映像を制作してきた。日本では、今回なぜ、キャピタルシティの東京ではなく大阪を選んだのか。

 「私が“都市”の映像を撮るときには概念として、私とその都市との関係性や人々との対話が作品の核となります。実は大阪は以前から縁のある場所でした。大阪中之島美術館とは特に親しい関係性があり、菅谷すがや館長ともお会いしていました。彼はニューヨークの私のスタジオにも来てくれて、私は会ってすぐに“大阪と京都で映像作品を撮りたい”と伝えたのです。大阪という都市が何となく自分と深く結びついているように感じたからです。大阪は東京に並ぶ大都市ですが、地域に根差したさまざまな産業や独自の歴史と文化を持ち続けて、東京とは明らかに何かが違うと感じていました。実際にこの地を訪れると、大阪という都市が持っている“スキズム=schism分裂性”がはっきりと見えてきたのです。香港やサンパウロ、ニューヨークにも似ていて、これらの都市には“スキズム=schism分裂性”がある。どの都市も複数の時代や時間がレイヤーのように重なり合っていて、そういうところに魅了されました」

 『サクラ』の制作時には、文具メーカーのサクラクレパスの工場をはじめ、国立文楽劇場やレンゾ・ピアノが設計した関西国際空港旅客ターミナルビル、相撲の大阪場所や剣道場、iPS細胞の山中 伸弥教授のラボやサントリー山崎蒸溜所など、幅広いフィールドを精力的に訪ねて撮影を行った。大阪で訪ねたさまざまな場所は、どのような印象だったのか。

 「まず、国立文楽劇場では非常に印象深い瞬間がありました。舞台裏では、文楽人形の髪を梳かして身なりをきれいに整えて、まるで人間の役者のように丁寧に扱っていました。人と人形の間に愛情深い信頼関係のようなものを感じて、素晴らしいと思いました。人形の髪の毛について聞いてみると「ヤク(動物)の毛です」という答えがかえってきて、これもとても興味深いディテールでしたね。それから、ずっとお会いしたかった山中先生にお会いできたことは幸運でした。先生の研究にはどれほど多くの国や人々が関わっているのか、そしてこの素晴らしい知的財産をどのように生かしていくのかなど、貴重なお話を聞くことができました。先生が発見されたiPS細胞は、今やはるか遠くの国々でも研究が進められています。ラボで見た研究現場は実に刺激的で、まさに『The New Yorker』の記事やドキュメンタリー番組の題材になり得るくらい素晴らしいものでした」

すべてのロケーションは「その状況に私がいたい」と思える場所

 映像作品の『サクラ』では、冒頭にサクラクレパスの工場のシーンが現れる。スクリーン全面にピンク色のクレパスの粉が次々と押し出される様子が圧巻だ。その後も満開の大阪城の桜などが映し出され、ピンク色が強い印象を残す。モリスさんはレンゾ・ピアノが設計した関西国際空港旅客ターミナルビルの中の“ピンク色”の存在に関心を持っていた。パステルカラーでまとめられ、トラス屋根からの光が漏れる吹き抜け空間『キャニオン』の一角にその色が使われている。

 「空港の中のピンク色は、自分の想像していたものよりくすんだ色でした。そして、吹き抜け空間の下を数えきれない人々が行き交う様子に、アーティストとしての一つの発想が生まれたんです。私の関心はいつも『スペクタクル(壮大な見世物)』にあるのですが、それはアカデミー賞でもなければ、オリンピックでもなく、大統領の式典のようなものでもありません。ここでのスペクタクルは、もっと有機的なものなのです」

 モリスさんは続ける。

 「春という季節、日本には桜というスペクタクルがあると思いました。この特別な瞬間に花が開き、芽吹く——そう、春という、始まりを意味する季節に桜が咲くという出来事、それは多くの日本人にとって特別なものなのです。でも、大勢の観客がいなければスペクタクルは成立しません。関西国際空港で撮影していたとき、くすんだピンクの空間の下を行き交う大勢の人々の姿に、私は花の季節に桜に向かっていくスペクタクルの観客を目にしたような気がしました。それは私にとってとても不思議な光景であり、同時に圧倒される体験でした」

 『サクラ』の撮影場所はすべてモリスさんが決めたそうだ。

 「ロケーションはすべて私が選んだ場所であり、私がいたいと思う場所です。そして、鑑賞者の皆さんが私の作品を見て面白いと思うものは何なのだろうか?ということを常に考えています。私を喜ばせてくれるものは、きっと見る人々も喜んでくれるはずという思いが、私の創作の力になっているのです」

一見、無機質に見えて、都市は有機的な存在

住吉大社の黒松がモチーフとなった『黒松[住吉]』(2023年、Kevin P. Mahaney Center for the Arts Foundation) の作品の前で。「幾何学模様は一見、冷たく無機質に見えるけれど、そもそも人間によってつくられたもので、生命の一部であり、私たち自身の細胞の一部なのです。だから。本質的に有機的なものなのです」と話す。

 コロナ禍でステイホームの時期には、自然の造形に注目するようになる。特にシステマチックで幾何学模様にも通じる蜘蛛の巣の造形に魅了されたという。その影響下で生み出されたのが『スパイダーウェブ』のシリーズだった。

 「パンデミックの間に、私は一見、無機質に見える都市を有機的な形態として捉えはじめ、それは次第に明確になっていきました。『スパイダーウェブ』には、即興的な要素が多く含まれます。蜘蛛が巣をつくるときは、その巣が破れたらつくり直され、また再構築されるという繰り返しが起きます。これは都市の成り立ちとよく似ています。都市内部では、多くのものが壊され、また復興し、それを繰り返していくうちにさまざまな層が重なっていきます。政治や経済、国際的な問題など、すべてがレイヤー(層)として内包しているのです。都市の歴史や時間が化石化していって段々と層になっていく。そのプロセス自体もまた有機的な動きそのものだと感じています」

ヒストリーのある場所は心身の癒しの場所

 今回、大阪中之島美術館の展覧会のため、モリスさんはリーガロイヤルホテル大阪 ヴィニェット コレクションに滞在した。

 「とても素晴らしいホテルで、とても気に入りました。どこにいてもこのホテルの長いヒストリーを感じるからです。私は歴史的なものが好きなので、このホテルに満ちている、レトロな街のような空気感がとても心地よく感じました。客室の照明も柔らかく、優雅で美しい光のもとで考えごとをするのには最適でした。毎日泳いでいるプールも落ち着いた雰囲気があり、リラックスできました。今後、改装などで、この素晴らしい癒しの空間が損なわれてしまわないことを心から願っています。それにしてもいろいろなお部屋や空間がたくさんあって、時々、迷ってしまいそうになりました。このホテルの全体のレイアウト知ることはきっと不可能ですね(笑)」

『Transactional Authority(取引権限)』に込めた思いとは?

 最後に展覧会のタイトルと来場者へのメッセージを伺った。

 「皆さんは、“自分たちが関わっている権力”や、“現在の社会の風景や意識をかたちづくっている権力”について考えたことはありますか。今回のタイトルの“権力”とは、単に政治や経済の問題における権力のことではありません。多くの人は、芸術については金銭的なことを語りますが、そうではなく、私にとって最も興味深いのは、“authority(オーソリティ)(権威:権限)とは力であり、物事を変える力である”ということなのです。権力は一つではなく、複数形で、芸術も間違いなくその一つです。私が影響を受けたアーティスト、あるいは優れたアーティストたちは、現在という瞬間を問い直すために豊かな語彙(ボキャブラリー)を持つ作品を生み出してきました。芸術作品は単なる場所やものを写したものではなく、むしろ何かを問い直し、大切なことを考えるための一つの手段なのです。私の作品には都市が多く登場します。私の作品を見て、都市が内包する“権力”や“権限”の問題ついて一度、立ち止まって考えてみてほしい。この個展がそのための手段=機会になってくれれば、とても嬉しいです」

すべて作品はサラ・モリス作、© Sarah Morris

聞き手/郡 麻江

写真/川隅 知明

通訳/山川 徳久

撮影場所/大阪中之島美術館

大阪中之島美術館

『サラ・モリス 取引権限』
開催中~2026/4/5(日)
大阪中之島美術館 5階展示室
10:00~17:00(入場は~16:30)
公式サイト https://nakka-art.jp/exhibition-post/sarahmorris-2026/

サラ・モリス | Sarah MORRIS

1967年、イギリス生まれ。現在はニューヨーク及びロンドンを拠点に活動する。色鮮やかなグリッドによる幾何学的な抽象絵画で国際的に評価され、公共施設の壁画など、パブリックアート作品も多く手がける。また映像作品も制作し、独自の視点で都市に内在する政治や社会の構造をとらえて、その深層を露わにする作風で知られる。

リーガロイヤルホテル大阪

ヴィニェット コレクション

TEL 06-6448-1121

大阪市北区中之島5-3-68

Share
facebook X line
Like