ART

樹木の生命と神秘を描いた名画を綴織で再現

ROYAL GALLERY ロイヤルギャラリー
―リーガロイヤルホテル京都の3枚の額装―

華やかな桜を描いた綴織の額装は厳かで凄みさえ感じられます。図柄をよく見ると、一部はすでに葉桜となり、葉が夕日(朝日か)を浴びて紅く染められています。この先、葉が散って艶やかな新緑に覆われ、生い茂ったのちは紅葉し落葉してまた蕾を付ける。人間が立ち入ることのできない「時間」を思い巡らせてくれる作品です。

 半世紀以上の時が経ちますが、色彩は完成時とほとんど変わらない。生命力のある樹木の日本画で一時代を築いた平川 敏夫氏(1924-2006)の下絵による綴織額装の大作。

 リーガロイヤルホテル京都の前身、京都グランドホテルが開業した1969年11月から宴会場「春秋の間」を彩る3枚の額装を制作したのは、京都市左京区静市市原町に本社がある川島織物セルコン(当時・川島織物)です。

 川島織物セルコンに当時のことをうかがうと、幅8.5m×高さ2.8mの壮大なスケールの額装は、織り幅13.2mの「綴織大機つづれおりおおばた」で織られたとのことです。原画は、平川氏の作品であり、その色彩を忠実に再現するために、どの糸をどう組み合わせて色を出すか検討が重ねられました。使用された糸は約100色にのぼり、6~7人の技術者が並んで一斉に織り上げていく作業だったそうです。1つの額装を完成させるのに約3カ月の工期を要し、織り上がった後は、絵柄の“はつり目”※を直す作業に数日を費やしました。仕上げの作業はホテルで行われ、平川氏と川島織物セルコンの関係者の手で飾られました。いずれの額装も、川島織物セルコンを含む京都の企業からの寄贈によるもので、新ホテルの誕生に多くの人々が大きな期待を寄せていたことがうかがえます。

川島織物セルコンの織機での作業風景
織り手の動き

 リーガロイヤルホテル京都の大宴会場「春秋の間」は3つの部屋に分けることができ、それぞれに額装が飾られています。入ってすぐに目に飛び込んでくるのが中央の部屋の「松」の額装で、向かって右の部屋が「桜」の額装、左の部屋には「紅葉」が飾られています。

春秋の間の正面を飾る「松」の額装。作者の平川氏は生涯を通じて「松」を何度も描きました。平川氏の生家である三河・小坂井町は、豊橋から東海道の古い松並木を通り抜けた場所にあり、彼が松を描くのは自分自身に根っこを確認させる行為であったかもしれません。

 愛知県出身の平川氏は、1953年の三河地方を襲った台風13号で樹林にも甚大な被害が及んだにもかかわらず、翌年には新たな芽吹きがみられ、そのたくましい生命力に触発されて生涯を通じて「樹木」という主題に取り組んだ作家です。平川氏にとって、この3作品が生み出された1960年代後半から70年代前半にかけては大きな飛躍の年となりました。

 豊橋市美術館博物館では、1979年の開館以来、星野 眞吾氏、大森 運夫氏など東三河地方の作家の作品を収集し、平川氏の作品も数多く収蔵しています。その収集に携わられた、豊橋市美術館博物館主任学芸員の大野 俊治さん(現在は碧南市藤井達吉現代美術館 特任学芸員)は、「平川先生は主にモノトーンの幽玄世界を追求した画家で、色彩のある絵はあまり描いていません。60年代前半には原生林を中心に厳しい自然を対象に描いておられましたが、後半になると銘木をテーマに据えた時期があって、この3枚を描かれた頃がまさにそうで、貴重な作品といえますね」と話します。

 しかし、このような鮮やかな色彩の作品は、80年代になると影を潜め、墨の濃淡を主体とした画境に到達します。もし、京都グランドホテルの開業が5年ほど前後していたら、私たちはここで平川氏の鮮やかな「桜」や「紅葉」、「松」を目にすることができなかったのかもしれません。

秋から冬にかけては紅葉の額装の部屋の指名が多くなります。川島織物セルコンによると、織糸は経糸が綿、緯糸がレーヨンで、レーヨンは発色性もよく加工処理した後に埋めると土に還るという理由から使われていたそうです。

 リーガロイヤルホテル京都ブライダル課の井口 江梨子さんは、「春や秋の婚礼シーズンでは、前撮り撮影や館内フォトウエディング、披露宴後の記念写真の時に桜や紅葉の額装の前でというリクエストがよくあります。中でも華やかな桜は人気が高く、新郎新婦のお席は桜の額装の前に設え、白無垢や白いドレスでしたら花嫁も絵も引き立ってとても素敵ですよ」と話します。また、ロータリークラブやライオンズクラブのメンバーの方の中には、原画が平川 氏の作品であることに気付かれる方も多いそうです。

 日本の歴史と文化が息づく古都、京都の美しさと魅力は、世界中の人々を惹きつけ、京都市の観光客数は長年増加を続け、1970年に年間3000万人を突破して以降も拡大し、2000年代初頭には4000万人に達しました。京都グランドホテル開業時から55年経った2024年には「京都熱」はさらにヒートアップし、約5600万人の観光客が京都市を訪れています。そして、今もリーガロイヤルホテル京都の宴会場に掛かる3枚の額装は、世界中の人々に「やっぱり京都はいいなぁ」とひとときの安らぎを与え続けています。

※「はつり目」とは柄の境界にできる隙間のこと。

文・道田 惠理子 / 140B

リーガロイヤルホテル京都

TEL 075-341-1121

京都市下京区東堀川通り塩小路下ル松明町1番地

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