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ドレッサーの前に座る一人の女性。表情はキリッと引き締まり、フィンガーレスの手袋をはめ、洋風に高く髪を結って華麗な衣装をまとっている。椅子に掛かるのは白い大きなショールかガウンだろうか。作者の小磯良平(1903〜1988)は、卓越した写実と端麗な人物描写で近代を代表する洋画家である。1903(明治36)年に神戸市に生まれ、神戸を中心に活動し、エキゾチックな神戸のモダニズムを代表する画家ともされる。
小磯の画歴を追うと、1936(大正11)年、兵庫県立第二神戸中学校(現・兵庫高校、ちなみに日本画家・東山魁夷も同校卒業)を経て、東京美術学校(現・東京藝術大学)西洋画科に入学する。在学中の1926(大正15)年、《T嬢の像》で帝国美術院展覧会(帝展)特選を受賞するなど早くも才能を発揮する。翌年には、詩集『象牙海岸』(1932年)などで知られる友人の詩人・竹中郁をモデルにした《彼の休息》と、《自画像》(ともに東京藝術大学大学美術館蔵)を卒業制作として提出し、最高得点をとって首席で美術学校を卒業する。
1928(昭和3)年にフランスに留学し、ルーブル美術館で、ヴェネツィア派の画家パオロ・ヴェロネーゼの《カナの婚礼》(1563年)を見て衝撃を受ける。イエス・キリストがカナの町の結婚披露宴でおこした『新約聖書』にある奇跡を題材にした作品で、百数十名の人物が画面に描かれている。この作品に触発された小磯も、生涯にわたって多数の人物が登場する群像表現をテーマとした。
帰国後の1936(昭和11)年に、「新制作派協会」(現・新制作協会)の結成に加わり、戦後は東京藝術大学教授もつとめる。神戸と神奈川県逗子市にアトリエを構え、71歳の1974(昭和49)年には、東京・赤坂にある迎賓館の大広間に、群像研究の成果として壁画《絵画》《音楽》を制作した。他にも神戸文化会館や宝塚大劇場の緞帳をデザインしている。
絵のタイトルに用いられた「コスチューム(costume)」という言葉は、特定の地域、時代、民族固有の服装を指すほか、舞台や舞踏会、仮装などに着用する衣装を意味する。画中の女性も、その出で立ちからバレリーナかオペラ歌手だろうか。右奥の壁には着物が吊り下げられ、鏡には別の衣装類が映っているのではないか。むろん制作は小磯のアトリエでなされたものだろうが、楽屋で出番を待つ姿を意識して画面構成されたとも想像できる。
小磯は、1935(昭和10)年頃から1939(昭和14)年にかけて、バレリーナを題材とした《踊り子》を描いている。1939年には、洋裁店の服飾デザイナーの女性を描いた連作も描いた。本作品と同じタイトルで描かれた《コスチューム》では、女性の背後にドレスを着たマネキンも描く。これも恐らく洋裁店の情景だろう。踊り子や洋裁を描いた小磯の作品には、バレリーナを得意とした印象派のエドガール・ドガ(1834〜1917)の影響が認められ、どの作品も気品を漂わせながらも瀟洒しょうしゃである。
リーガロイヤルホテル所蔵の《コスチューム》は、1935年に描かれ、これらの女性像の連作のはじまりに位置づけられるものだろう。画面中央に女性を配し、どっしりと構えた構図が生み出す古典的な様式美などから、この年の秋に帝国美術院展覧会(帝展)が開催されていれば出品されていた可能性も指摘されている(この年の帝展は松田文部大臣による帝国美術院の改組によって混乱した)。
そして、この作品は同年、「賓客のための近代的ホテルを大阪に」という大阪政財界の要望で誕生したベネシアンゴシック式8階建の「新大阪ホテル」(リーガロイヤルホテル大阪の前身)に、小出楢重こいでならしげの《周秋蘭立像》や梅原龍三郎、安井曾太郎の作品とともに早くから飾られているものである。格式高い近代的なホテルにふさわしい油彩画として、同ホテルのシンボル的な絵画作品の一つであった。
1988(昭和63)年に小磯は85歳で没し、約2,000点の作品がご遺族より神戸市に寄贈され、1992(平成4)年、六甲アイランドに神戸市立小磯記念美術館が開館する。中庭には1949(昭和24)年に現在の神戸市東灘区住吉山手に建てられたアトリエが移築され、画家の創作現場を体感できる。さらに同年、公募展「小磯良平大賞展」が創設され、2013(平成25)年の第10回展まで開催された。モダンで明るく清新な小磯良平の芸術は、いまも小磯記念美術館とリーガロイヤルホテル大阪で鑑賞することができる。
リーガロイヤルホテル大阪の文化教室「エコール・ド・ロイヤル」の入口には、《大阪ロイヤルホテル》と題した小磯良平の作品が飾られている。《コスチューム》を描いてから30年後、国際化を目指して建てられた「大阪ロイヤルホテル」を水彩で描く。大阪ロイヤルホテルは現在の立地の一角(ウエストウイング)に開業。ホテル北側からの日差しの長さから季節は初夏か、川面に涼しそうな風が吹いているのがわかる。
文/橋爪 節也・大阪大学名誉教授 日本東洋美術史
リーガロイヤルホテル大阪
ヴィニェット コレクション
TEL 06-6448-1121
大阪市北区中之島5-3-68