大阪・関西万博「迎賓館」の舞台裏、ロイヤルの“おもてなし”の心とは―1970年大阪万博から受け継がれる伝統と挑戦―
2025年10月、半年間におよぶ2025年日本国際博覧会(以下、大阪・関西万博)が無事、閉会しました。数々の華やかなパビリオンが並ぶ中、静かに佇む「迎賓館」はセキュリティ上の理由から、その存在を知らされることはありませんでした。
しかし、万博会期中に行われた「ナショナルデー」「スペシャルデー」に合わせて、日本の皇族をはじめ、世界中から訪れた国王や大統領などの賓客をお迎えし、約半年間、連日午餐会や晩餐会が催されました。この「迎賓館」の運営を任されたのが、リーガロイヤルホテルでした。1970年の日本万国博覧会(以下、大阪万博)に続き、今回2度目の迎賓館運営を担当しましたが、そこではどのような“おもてなし”がなされたのでしょうか。
万博運営の統括、サービス、料理という重要な任務を全うした3人のキーマンにお話を伺いました。
賓客への“おもてなし”を支えたのは“大阪にリーガロイヤルあり!”という気概でした
大阪・関西万博事業推進室長 山根 朋之さん
万博迎賓館では、皇族の方々をはじめ、世界158の国と7つの国際機関から首脳や閣僚クラスの方々が毎日訪れ、常に緊張感がありました。
私は主に、万博会場とリーガロイヤルホテル大阪を繋ぐ役割を担っていました。世界各国から大勢の方が来場することで、大人数の宿泊が発生しますし、そこに宴会や懇親パーティなどのニーズも付随してきます。万博に関するお問い合わせやご要望は数多く寄せられ、社内では、まず私に情報が入るという流れが出来ていきました。
ご要望の内容を精査し、社内のしかるべき担当部署に伝え、手配を円滑に進めていくことに努めました。国も変われば人も変わりますし、食文化や暮らしの様式もそれぞれですので、お越しになる国の下調べも欠かせませんでした。
私自身、万博会場で直接ゲストの方と接する機会は少なかったものの、ホテルでの出会いが数多くありました。今まで知らなかった国の方々と、宴会の打ち合わせなどで素敵な出会いがあり、私自身もその国に親近感を覚えて興味が湧き、いつか機会があったら訪れてみたいと思うようになり、、、。こういうワクワクするような循環が世界平和へ繋がるのではないかと思いました。
万博運営を無事終えて「その感想は?」と聞かれましたら、「とにかく長かった…!」ということに尽きます(笑)。それまでもG20やG7などの国際会議の経験はありましたが、1週間ほどの短期決戦でしたので、半年という期間はやはり長かったですね。ただ、リーガロイヤルホテルは1970年の大阪万博や1990年の国際花と緑の博覧会(花博)の時も、運営業務を担当させていただいていますので、そのノウハウを先輩方からしっかりと受け継いでいる自信はありました。
“大阪にリーガロイヤルあり!”という気概を持って、スタッフが一丸となってこの一大プロジェクトに臨んだことは間違いありません。皆のこの熱い想いを支え続けることが、私のミッションだったように思います。
ナショナルチームとして、開催国の代表としてサービスの最前線に立てたことは誇りです
大阪・関西万博迎賓館 支配人 大河内 靖万さん
今回の迎賓館運営業務においては、大阪だけでなくグループホテルからもサービスや調理の応援スタッフが集まり、25名ほどのチームを作りました。そのメンバーをまとめていくことが、支配人としての最初の仕事でした。遠方から来て大阪の暮らしに慣れない人もいましたので、とにかくできる限り声をかけてチームの一体感を高めることを心がけました。
現場で最も重要だったのは、渡部 玲料理長とのコミュニケーションを密にとることでした。特に、お料理を出すうえでアレルギー対応は重要で、事前確認と連携を徹底しました。また、宗教や文化の多様性などへの認識が、博覧会協会からの情報と一致しているかの事前確認も必須でした。
万博迎賓館とは、国内外の要人の方々が初めて一つの同じ席に座られる場所です。その最大の目的は友好関係を密にしていくことですから、皆様の会話を途切れさせないよう、お料理のサービスは最小限の回数に抑えるようにしました。
しかし、万全の準備をしていても、午餐会や晩餐会では急遽1名増えるなど、予期せぬ変更が日常的に発生しました。さらに、食事の開始時間が遅れることもしばしばありましたが、終了時間は厳守しなければなりません。そのため、料理のセッティングや料理を提供するタイミングなどを工夫して、1分単位で時間を調整しながら進行を整えることもありました。
毎朝、全員でミーティングを行い、スケジュールや注意事項、座席表などを二重、三重に確認しました。さらに、全員での最終確認の言葉として“腹落ちをしましたか?”と必ず尋ねていました。話している内容が本当に理解しているかを確認するためで、わからないことは今、この場で解決することを徹底しました。
半年間、安心・安全にプロジェクトを全うすることができたのは、ワンチームでがんばれたからだと思っています。全てのスタッフがリーガロイヤルホテルの名前だけでなく、開催国の代表として、日々、迎賓館のサービスの最前線に立つ、そんな覚悟で仕事をしていました。
若手スタッフにとっては、緊張や不安の連続だったと思いますが、今回の経験は彼らにとって非常に大きな力になると思います。いつの日か、また万博が日本で開催する時があれば、彼らがしっかりと“おもてなしのバトン”を受け継いで、次に繋げてくれるのではないかと期待しています。
最大かつ、最難関のプロジェクトを最高のワンチームで乗り越えることができました
大阪・関西万博迎賓館 料理長 渡部 玲さん
この仕事のお話をいただいた時は、大阪・関西万博の迎賓館の料理長ができるのは世界で1人だけで、こんな大きなチャンスはめったにないと思うと、光栄であるのと同時にプレッシャーも感じました。しかし、挑戦するからには何かメッセージ性のあるお料理をお出ししたいと考え、万博のテーマである「命輝く未来社会のデザイン」から、料理のコンセプトを“命”にすることにしました。
そこで、日本は海に囲まれた島国で海を“生命の母”と考え、海産物をふんだんに取り入れた料理にしたいと思いました。2024年1月に能登半島地震があり、現地にも足を運んで、被災地を応援したい気持ちから、石川県産の食材を使うことに決めました。また、世界各国の宗教や食文化も調べ、イスラム教で禁じられている豚肉とアルコールは食材から外すことにしました。ロイヤルホテルに入社して25年、先人のシェフたちからずっと続く伝統の味を大切にしながらも、現代のテイストに合う自分らしいフランス料理を作るということが私の料理の基本姿勢なのですが、ソースにコクと旨みを出すアルコールを一切、使わないということは初めての挑戦でした。試行錯誤の末に、ソースはしっかりと焼いた牛スジから作った出汁を使うことに。アルコールを入れなくても、コクと旨みのあるおいしいソースが完成して、新鮮な驚きと喜びがありました。制限があるからこそ、新たな発見ができたのだと思います。このソースは今後、ホテルでも活かして行きたいと思っています。
厨房のスタッフは5名でしたが、最初に大河内支配人から「ワンチームでやりましょう!」と言ってもらい、とても心強かったです。私たちが心を込めて作った料理を、サービスが最高の状態でお客様に届けてくれる。まさに「ワンチーム」だと心から実感しました。厨房の若いスタッフにとっては苦労の多い半年間だったと思いますが、他では決してできない貴重な体験を積むことができたと思います。次の万博の料理長を目指してくれるかもしれません。彼らに私たちの思いを“脈々と”繋いでいってほしいです。
取材・文/郡 麻江